渡良瀬

なんとなく気になる作家 佐伯一麦の長編私小説。高校を卒業して10年目の電気工の日常を丹念に描写。長女の喘息に良かれと都会生活を捨てて渡良瀬遊水地に近い田舎に転居してきた主人公(多分作者自身)。新しい職場、悩みを抱えた家族関係に馴染んでゆく1年(昭和天皇崩御の年)を丁寧に追う。配電盤組み立ての仕事や配線材料、工具類の使い方、職場の人間関係など文学とかけ離れた世界が描かれる中にこの時代が転写されている。400ページ近いハードブックスをよみ終えてちょっとした達成感を味わった。工学系の事象を取り込み巧みに生活感を活写している。「鉄塔家族」「ノルゲ」や短編小説を読み継いできたが、なかなかいい作家になってきたと思う。

渡良瀬 佐伯一麦著 岩波書店